歴史と文化が息づく奈良県大和郡山。その城下町の一角にある中谷酒造は、江戸時代の創業以来170年にわたり清酒を造り続けてきました。
現在では、ただ酒を造るだけでなく、体験型観光や海外展開を通じて新たな清酒文化を発信しています。今回は、中谷酒造の歩みやこだわり、そしてこれからの挑戦についてお伺いしました。
創業の歴史と挑戦の歩み
「中谷酒造」のはじまりは、清酒発祥の地として知られる正暦寺に近い番条町にありました。かつては大和川を使った水運で大阪方面へと酒を運んでいたといいます。
その後、明治25年に鉄道が開通すると流通の主軸は鉄道へと移り、戦後は東京を主な市場とするようになりました。
そして1995年、現当主・中谷正人氏が入社すると、酒蔵は新たな展開を迎えます。日本国内の市場縮小を見越し、中国市場に進出。天津に設立した現地法人「天津中谷酒造有限公司」では、日本と同水準の清酒を製造し、中国全土に展開するなど、グローバルな挑戦を行ってきました。
その一方で、日本では清酒市場の急速な縮小に直面。2020年には本社工場を一時休止し、新たに「柳町醸造所」を城下町の中心部に開設しました。ここでは、「酒を売る」だけでなく、「酒を体験する」ことを目的とした新しいスタイルの事業に舵を切っています。
醸造を“体験”する新しい観光のかたち
柳町醸造所で特に注目を集めているのが、「日本酒体験醸造」というユニークなプログラムです。吸水試験から始まり、吸水、蒸米、放冷、仕込までを約4時間で体験できるもので、途中には日本酒の歴史や製造工程に関する講義も組み込まれています。
「極めて密度の高い内容ですが、満足度も非常に高いです」と語る中谷氏。この体験は予約制で、開催日はほぼ定員に達するほどの人気。日本語だけでなく、英語や中国語での対応も行っており、国内外からの参加者を迎え入れています。
「清酒文化を“飲む”だけではなく、“理解する”ことにも価値がある。そんな新しい観光スタイルの一助になればと考えています」と語ってくださいました。
清酒バーで過ごす、酒蔵の余韻
醸造体験を終えた後には、併設された「清酒バー」で自社の清酒を楽しむことができます。90ミリで一杯300円と手軽に味わえ、ボトルでの注文ならさらに割安になる仕組みです。
店内の2階は、江戸時代の酒蔵の構造を再現した造りになっており、酒造りの道具や展示も見どころの一つ。屋外の庭では清酒を楽しみながらゆったりと過ごすこともでき、まさに五感で味わう日本酒体験が広がります。
また、酒肴は簡単な乾き物のみに留めており、地元の飲食店からの持ち込みやデリバリーを推奨している点もユニークです。これにより、町全体の回遊性が生まれ、地域経済にも寄与しています。イベントスペースとしても活用されており、落語会や音楽ライブ、講演会などにも利用されるとのことです。
日本酒ブームの“実態”と、これから
近年、日本酒が国内外で注目されているとされる中、中谷氏は冷静な視点で現状を見つめています。
「日本国内において“日本酒ブーム”は存在しないと思っています。清酒の消費割合はわずか4%台。日常的に日本酒を飲む人はごく一部で、その多くが60代以上。10年後にはその割合がさらに半減すると予測されます」
一方で、海外では清酒、特に獺祭のようなブランドが注目されているとし、「清酒全体ではなく獺祭ブームと言えるのでは」と語ります。こうした現状認識のもと、同社は海外展開と体験型コンテンツの両輪で次の時代に対応しようとしています。
清酒文化を未来へつなぐために
「柳町醸造所を拠点として、日本の清酒文化を“身近なもの”として未来に残したい」。
そう語る中谷氏の姿勢からは、単なる伝統の継承にとどまらず、文化としての清酒を社会に根づかせていくという強い意志が感じられました。
最後に、これから奈良を訪れる方々へメッセージをいただきました。
「大和郡山は、奈良公園や大仏に比べると目立ちませんが、JR奈良駅からわずか一駅4分の距離です。城下町の風情を味わいながら、ぜひ柳町醸造所にもお立ち寄りください。お待ちしております」
奈良観光に新たな価値を添える中谷酒造の取り組み。歴史ある街で、日本酒の未来を体験してみてはいかがでしょうか。
基本情報
施設名 | 中谷酒造柳町醸造所 |
公式サイトURL | https://www.sake-asaka.co.jp |
住所 | 奈良県大和郡山市柳二丁目4番 |
営業時間 | 午後1時30分から7時 |
定休日 | 月、火曜日(祝日は営業) |